現代人の「脳疲労」が万病の元― 生活習慣病、認知症、がんも不治の病ではない(後編)

 

 

藤野武彦氏 医学博士(九州大学名誉教授)

  

 前編では生活習慣病認知症、がんなど万病の元が「脳疲労」にあることを解説、その治療・予防法である「BOOCS」法を説明してもらった。後編では、その「脳疲労」がプラズマローゲンという体内物質の減少であることやプラズマローゲンを使った治療の実績などを挙げ、現代の医療体制に光をもたらす。

 

 

 

 

プラズマローゲンとは

 

 

―BOOCS法に加えて、「脳疲労」の治療・予防に顕著な効果がある物質「プラズマローゲン」を抽出することに成功されたそうですね。

藤野 私が主宰しているレオロジー機能食品研究所(馬渡志郎所長)が様々な生物からプラズマローゲンを抽出する方法を発見し、現在はホタテ貝から抽出するプラズマローゲンが一番有効であることが分かっています。二〇〇七年には同研究所でプラズマローゲンの血中濃度の測定方法も開発し、「脳疲労」の人はプラズマローゲンが減少していることが分かってきました。

―そもそもプラズマローゲンとは?

藤野 哺乳類をはじめ動物の体内に含まれるリン脂質の一種で、人体のリン脂質の約一八%を占めています。とくに脳神経細胞、心筋、骨格筋、白血球、精子などに多く含まれます。

―このプラズマローゲンは人体でどのような機能を持っているのですか?

藤野 プラズマローゲンの機能の中で一番有名なのが抗酸化機能で、細胞が酸化ストレスを受けたときに最大の防衛機能を発揮します。市販されている抗酸化サプリは脳にはほとんど届きませんが、プラズマローゲンは元々脳で作られているものですから、口から摂取しても血液・脳関門を通過して脳に入る事ができます。その結果、強い抗酸化作用を発揮して、ストレスから脳神経細胞を守ります。その他にもプラズマローゲンは、神経炎症の火消役、神経細胞の新生、アミロイドβタンパク(認知症の原因物質の一つ)の抑制、コレステロール低下など生命の根源に役立つ働きを数多く担っています。

―なぜプラズマローゲンが不足すると病気にかかるのですか?

藤野 プラズマローゲンが減少すると、脳にある何百億という神経細胞で神経炎症(火事のような状態)が発生するという事が、最近の我々の研究で分かってきました。正常な状態では、神経細胞から樹状突起や軸索が伸び出してネットワークを形成しています。神経炎症が起こると、この神経ネットワークが切れてしまう事は容易に想像されます。その結果、脳が働かなくなるのです。前号で述べましたように「脳疲労」とは、大脳の知的中枢である「新皮質」と本能と情動の中枢である「旧皮質(辺縁系)」の二つの司令塔の関係が破綻した状態ですが、同時に自律神経中枢との関係も異常になっています。そして「脳疲労」からメタボリック症候群、うつ病認知症などの多くの病気が起こるのですが、実はプラズマローゲンが減少すると「脳疲労」になる事が明らかになってきました。つまり、プラズマローゲン不足は万病の元と言っても過言ではありません。

―プラズマローゲンが不足する原因は?

藤野 我々の細胞は活動する(言い換えれば酸素を使う)とすぐ酸化されるのですが、そのままだと活動によって生じた活性酸素によって細胞が障害されてしまいます。この酸化を防ぎ、身をもって細胞を守るのがプラズマローゲンと考えてよいでしょう。従って、脳が活動すればする程、プラズマローゲンが消費される事になりますが、種々の過剰なストレスを受けている現代人はプラズマローゲンの生産が消費に追いつかなくなって、不足状態(脳疲労)になるのです。

 

 

アルツハイマー病が改善

 

 

 

―ところで、アルツハイマー病などの認知症の介護問題は深刻です。

藤野 アルツハイマー病は全世界で五千万人、二〇三〇年には八千二百万人に増えると予測されています。日本のアルツハイマー病は五百万人いると言われていますが、二〇二五年には七百万人に増えると推定されています。この他にも物忘れをするなどの軽度認知障害の人が現在、五百万人います。深刻なのは、若い人にもそうした障害を持つ人がいることです。「脳疲労」を起こすと、何らかの認知障害が起きます。「脳疲労」による認知異常が会社の中でも蔓延していると考えるべきで、それが固定してきたのが若年性アルツハイマー病で、急増しています。

 アルツハイマー病はアミロイドβタンパクの沈着によって発病すると言われていましたが、今世界の最先端では、アルツハイマー病は神経炎症から起こるという考えにシフトしています。実際に私たちの動物実験で、プラズマローゲンが神経炎症を防ぎ、その結果として、アミロイドβタンパクの沈着を防ぐことが明らかになりました。これは、プラズマローゲンがアルツハイマー病予防に有効であることの証左です。

―治療でも実績をあげられていますね。

藤野 無作為化比較対照二重盲試験を行って、プラズマローゲンのアルツハイマー病に対する有効性を確認しました。これは、一方はプラズマローゲンを含んだ食品を、もう一方はプラズマローゲンを含んでいない食品(プラセボ)を飲んでもらう方法です。どちらを飲んだかは本人も医師も分かりません。その結果、軽症のアルツハイマー病では、女性はプラセボに比べてプラズマローゲンを飲んだ方が明らかに改善しました。同様に、七十七歳以下の男女の試験でもプラズマローゲンを飲んだ方が、記憶の改善が見られました。プラセボを飲んだ人はプラズマローゲンの血中濃度が下がり、プラズマローゲンを飲んだ人はプラズマローゲンの血中濃度が上がりました。

 また、軽度認知障害を対象に試験したところ、ここはどこかという「場所の見当識」の改善が見られました。今日は何日、何曜かという「時間の見当識」も、プラセボを飲んだ人はどんどん悪化していきましたが、プラズマローゲンを飲んでいる人は維持する事ができました。

―中等度、重度のアルツハイマー病はどうですか?

藤野 中等度以上の患者さんでは思い込み効果であるプラセボ効果は元々ない事が分かっていましたから、オープン試験法(実薬のみを投与)を採用しました。中等度の患者さんには、時間や場所が分からない、言葉を失った人もたくさんいますが、プラズマローゲン内服三ヵ月後に、認知機能の改善五二%、不変約四〇%、悪化約十%でした。重度の患者さんも二五%が改善しました。

 記憶を改善するだけでなく、周辺症状にも効果が見られ、介護者の方に非常に喜ばれました。例えば、「病室に虫がいる」、「子供が来ている」などの幻覚を見る認知症の患者さんは多く、こうした幻覚などの症状には著明な効果があることが分かりました。また、抑うつ状態の三分の二が改善し、睡眠も良くなりました。現在、若いうつ病の人にも使っていますが、著しい改善例が見られます。認知症に有効な薬が全くない現状では、プラズマローゲンが一筋の光となるかもしれません。

認知症を介護する家族も大変のようです。

藤野 プラズマローゲンを投与すると、中等度・重度の患者さんの九〇%以上に笑いが出てきました。中には人を笑わせるまでに回復する人もいました。さらに「迷惑かけるね」「ありがとう」と周りの方や家族へ気遣いの言葉をかけられるようになり、それを見た家族が涙を流される場面もよく見られました。

 この事は高次脳機能が著明に改善する事を示すもので、プラズマローゲンは認知症に役立つというだけではなく、現代人が抱える脳疲労の予防、改善に役立つと言えるでしょう。これらの研究結果は、国際学術誌の出版社『SPRINGER NATURE』発行のeBOOKに採択され、間もなく全世界に公開される事になりました。また、この論文では、これまでのアメリカ発アルツハイマー病発症仮説では認知症の予防と治療は困難である事を明らかにすると共に、それに代わる新たな認知症発症仮説も提唱しています。

―それから日本人の食生活にも問題はないのでしょうか?

藤野 基本的にアメリカ的食生活の見直しが必要です。中でも食物に入っている農薬が危険因子になっていると思います。今後、農薬が脳に与える影響を早急に検討される必要があります。

 

 

 

現代医学の落とし穴

 

 

―現在の認知症の治療は、投薬によるものが多いようですね。

藤野 多くの人に認知症の薬がたくさん使われています。これらは症状を改善するための薬ではなく悪化を少し遅らせるためのものです。現在使われている認知症の薬は四種類ありますが、最近、フランス政府がまったく効かないどころか害があるとして保険適用を打ち切りました。現在、これらの薬を主に使っているのは日本とアメリカで、日本では年間に数千億円が使われており、無効な薬が医療費を圧迫しています。

―BOOCS法はこれまでの医学の常識を覆すことになります。

藤野 今の医学は、内科、外科、精神科、心療内科など専門・細分化されています。それぞれの専門分野は門戸が狭く、治療の範囲も狭い。一人ひとり異なる患者さんに合わせたオーダーメイドの医療が求められる現代において、部分だけを診ていては本当の医療は提供できません。より大局的視点を持った医療を目指すべきなのです。

―対症療法と根本治療を同時にできる医療が求められますね。

藤野 医学という学問と医療というサービスの関係はバラバラの状態で、患者本位になっていません。木を見て森を見ていない今の医療では限界があり、医学と医療に統合性が求められているのです。

―現代の医療体制は、対症療法に偏っていて根本治療になっていないと感じています。

藤野 医療が今のままだと、そうならざるを得ないでしょうね。より包括的、全体的な医療が求められます。

―プラズマローゲンはまだ保険適用されていませんね。

藤野 今まで保険適用に向けて努力してきましたが、まだ実現できていません。プラズマローゲンが脳の中にある自然の物質なので、物質特許は取得できず、製法特許しか取れないのがその大きな理由です。

日本では薬が保険適用になるまでには、開発から十年、二百億円もかかります。世界の大手製薬会社二社に提案して興味を持ってもらったのですが、製法特許ではやはりリスクが高いということで見合わされました。しかし最近、体内でプラズマローゲンと同じ働きをするプラズマローゲン誘導体を発見し、現在、物質特許を申請していますので、医薬品として認可される可能性はあります。それでもアメリカで五年、日本では十年かかります。そこで早く皆様のお役に立てるよう、プラズマローゲンのサプリメントの開発に至りました。

―BOOCS法が一般に普及すれば、これまでの医療の常識が大きく変わりますね。

藤野 随分変わるでしょうね。BOOCS法を行えば、生活習慣病、がん、認知症などの国民病が予防できるので医療費が大きく抑制されます。治療も対症療法、原因療法の両方できますから、さらに医療費は抑えられますし、国民の健康も大きく増進します。

―なぜ、普及しづらいのでしょうか?

藤野 日本の医学が「パックス・アメリカーナ」の下にいる限りは、難しいと思います。つまり、アメリカがイエスと言わなければ、日本では認められないのが現実です。

大学在任中の私の専門は心臓病なのですが、世界で初めてある心臓病の超音波診断法を発見し、アメリカの心臓病のトップジャーナルに論文を送りましたが、いろいろな口実を付けてその論文を全部拒否されました。ただ幸い恩師の計らいで、『日本学士院紀要』(英文誌)に投稿し採択されました。ところがその直後、私の論文の内容を三つに分けた論文三編が、私の論文を拒否したトップジャーナルに掲載されました。これは巧妙な剽窃です。中立であるはずのサイエンスも権威と権力に左右されているのが現実です。

―そういう意味では、日本の医療体制を変えるには、まず先にアメリカに認めさせるしかないのですね。

藤野 そうです。だから、アメリカを中心とする海外で論文を発表し続けているのです。先ほど言いました『SPRINGER NATURE』eBOOKで認められ採択されたことは、大きな一歩になると思います。

(フォーNET 2021年1月号)

 

 

 

 

藤野氏プロフィール

1938年福岡県生まれ。九州大学名誉教授、医学博士、内科医・循環器専門医、医療法人社団ブックス理事長、レオロジー機能食品研究所代表取締役、一般社団法人プラズマローゲン研究会臨床研究部代表、一般社団法人BOOCSサイエンス代表理事九州大学医学部卒業後、同大第一内科講師、同大健康科学センター教授を経て現職。29年前に「脳疲労」概念とその具体的治療法であるBOOCS理論を提唱。肥満や糖尿病などの生活習慣病うつ状態に対する医学的有用性を実証してきた。また近年、「脳疲労」と脳内プラズマローゲンとの関係に着目し、重症「脳疲労」と考えられる認知症に対する有用性を実証しつつある。著書は『認知症はもう不治の病ではない』(ブックマン社)、『BOOCSダイエット』(朝日文庫)、『脳の疲れをとれば、病気は治る!“脳疲労時代”の健康革命』(PHP文庫)など多数。

 

 

参考資料:『認知症はもう不治の病ではない』(ブックマン社)、『認知症も、がんも、「不治の病」ではない!最新医学でここまでわかった!』(ブックマン社)、BOOCS公式サイトなど。