インタビュー 現代人の「脳疲労」が万病の元─ 生活習慣病、認知症、がんも不治の病ではない(前編)
現代人の「脳疲労」が万病の元─
藤野武彦氏 医学博士(九州大学名誉教授)
メタボリック症候群―内臓脂肪型の肥満に加えて、高血圧、高脂血症、糖尿病の三つのうち二つの危険因子を持っている生活習慣病のことで、予備軍も入れると約二千万人いるといわれている。この原因は食事や運動不足、ストレス、喫煙や過度の飲酒だと言われてきたが、実は脳の疲労、「脳疲労」にあることを藤野教授は長期にわたる研究で実証してきた。
ジャパン・パラドックス?
―早速、「脳疲労」自己診断をチェックしてみました。十一の項目のうち、一つを除いて「4(まったくない)」だったのですが、チェックシート1の「夜中に目が覚めたり、用もないのに朝早く目が覚めることがありますか?」という項目が「1(ほぼ毎日)」でした。私の場合、夜中にトイレにどうしても起きるのですが…
藤野 年齢(六十歳)によるものでしょうね。前立腺肥大による「中途覚醒」ではないでしょうか。これが若い人だと問題ですが…目が覚めてトイレを済ませたらすぐ眠れますか?
―はい。
藤野 それだったら大丈夫です。「脳疲労」の人は、トイレに行った後に眠れません。
―生活習慣病、がん、うつ病、認知症などの多くの病気が「脳疲労」から起こることを究明されましたね。
藤野 「脳疲労」は一九九一年に私が提唱した新しい病気の理論ですが、少しその背景をお話しします。
ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが、世界の一流医学誌に掲載された「フィンランド・パラドックス」と呼ばれる有名な研究結果があります。これは、三十年ほど前にフィンランドで実施された大規模な長期間の疫学調査で、驚くべき結果が出ました。調査対象者は、今で言うメタボリック症候群で、糖尿病、肥満、高コレステロール、高血糖、高血圧の五項目の心臓の動脈硬化を起こす危険因子を同じ条件で持つ四十歳から五十五歳の男性千二百人を、アメリカ方式の食事制限と運動療法で治療した群と、何もせず放置した群の二つに分けて十年間観察しました。
結果は予想に反して、心臓血管死数は治療群の方が放置群の二・四倍に増えました。他の原因も含めた総死亡数でも介入した群が放置した群の一・七倍に増えました。予想と真逆の結果、つまりパラドックスになったのです。このパラドックスはフィンランドだけではなく、現在の日本でも起きています。
―盛んにメタボをなくそうと頑張っている人たちが多いですよね。
藤野 厚生労働省(厚労省)は、二十一世紀に入って「健康日本21」を掲げて、国民に対してカロリー制限と運動を促してきました。肥満は、メタボリック症候群の中で一番多く、がんも含めた病気による死亡の発端になります。ところが、年代別に肥満の割合を比較すると、リタイア後の六十代以降の年代の体重は漸減傾向ですが、二十代では昭和六十年は一五%以下だったものが平成二十七年には二五%超、働く世代の四十代は昭和六十年は二一%だったものが平成二十七年には三五%超と増えています。しかも年代が増すほど体重も増えています。糖尿病も同様に毎年増えています。つまり、厚労省が努力すればするほど働く世代の肥満が増えているというパラドックスに陥っています。
―ジャパン・パラドックスとも言うべきでしょうか…頑張ってダイエットしている人にとってショックですね。
藤野 メタボリック症候群治療の先端を走っているアメリカとしては認めたくない事実でしたが、死亡数まで証拠を突きつけられたら仕方なかったのでしょう。アメリカの一流医学雑誌にフィンランドの三つの論文が掲載されました。英国の雑誌にも掲載されました。しかし、厚労省は気付いていないのか、あるいはフィンランドでの特殊なケースだろうと問題視しなかったのか、アメリカの手法を全国に広めて先ほどの結果になったわけです。逆に厚労省は結果がうまくいっていないので「もっと厳しくやらなければならない」と言っている始末です。このままではますます酷くなる一方です。
「脳内ファミリー」の不和
―メタボリック症候群をはじめ様々な病気に「脳疲労」が深く関係しているということをずっと提唱されていますね。
藤野 脳には大脳の知的中枢である「新皮質」と本能と情動の中枢である「旧皮質(辺縁系)」の二つの司令塔があります。仮に大脳新皮質を父親、辺縁系を母親、そして「間脳」と呼ばれる首から下の様々な臓器を調整する自律神経中枢を子供だと仮定します。ちなみに、私はこの関係を脳内ファミリーと呼んでいます。夫婦のような大脳新皮質と大脳辺縁系が仲良く働いている時は、子供である間脳は正常ですが、夫婦関係が悪くなると、子供は困ってしまいます。実際の人間社会でも、両親の仲が悪いと、子供はいじめっ子になったり、いじめられっ子になったりします。
例えば、父親である大脳新皮質が「多少熱があっても学校に行かせなさい」と、母親である大脳辺縁系に一方的に伝えると、「休ませたい」と本能的に思っている母親は黙り込んでしまいます。つまり、夫婦間の双方向の関係が一方的な関係になってギクシャクして子供である自律神経中枢に深刻な影響を及ぼします。子供である自立神経中枢が異常になって初めて病気として現れてきます。つまり、脳内ファミリーの不和が「脳疲労」なのです。
情報化社会の現代では、脳の中でも圧倒的に大脳新皮質が優位で、大脳辺縁系に対して一方的関係になっている人が非常に多くなっています。そうなると、自律神経中枢が異常になってしまって、「多く食べる」「運動をしない」「野菜が嫌い」などの首から下の異常行動が起こります。
―「脳疲労」を引き起こす原因は、情報過多、つまりストレスでしょうか?
藤野 人間関係のストレスや精神的ストレスなどストレスを悪いものと思われていますが、実はとてもよいことでもストレスになります。つまり、ストレスの量が問題なのです。例えば、ゴルフで最後のパッティングでホールにボールが入った瞬間、心筋梗塞で亡くなる人がいます。勝ちという本当は本人にとっていい情報なのに亡くなってしまう。逆に負けた人は平気です。これは大量の情報(ストレス)が急速に脳に流れ込んだ結果です。つまり、情報過多が「脳疲労」に繋がるのです。
―ストレスというとすべて悪いというイメージです。
藤野 ストレスという言葉はカナダの生理学者が唱えたのですが、現在は「胃が痛い」ことをストレスと言うなど誤用されています。ストレスというのは、「加わる力」のことです。現象はストレスではなく、それによって変化する「結果」ではありません。「脳疲労」の原因のストレスというのは量の問題なのです。いい情報でも過多であれば悪い結果、「脳疲労」になります。
―偏食、過食、運動嫌いが病気の原因ではないのですね。
藤野 行動異常は結果として起こっているのであって、決して原因ではありません。大脳新皮質と大脳辺縁系の双方向性が崩れた状態である「脳疲労」に原因があるのです。「脳疲労」によって大脳辺縁系が機能不全になると、視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚の五覚のほとんどがおかしくなる「五感異常」が起きます。具体的な症状は、感覚が鈍麻したり逆に過敏になります。
例えば、味覚が鈍麻すると過食になってしまいます。過敏は「どうでもいいことがある時突然マイナスになる」ことです。例えば、温感、暑さ寒さです。ちょっと暑いだけで猛烈に暑さを感じるようになります。ちょっと寒いだけなのに縮こまって血圧が急上昇してしまいます。他にアレルギーなどがあります。花粉症は今では国民病になっていますが、花粉は昔から飛んでいたはずです。「脳疲労」によって免疫が過敏になりアレルギーになる典型的な例です。
―五感の異常が身体的行動異常につながると。
藤野 喫煙・飲酒、過食・偏食(異食)、運動嫌いなど行動に異常が見られるようになります。本来、運動すると気持ちがよくなるものですが、その中枢神経が機能せずに、運動すると気持ちが悪くなります。味覚が異常になると、タバコを好んだり、酒を飲み過ぎたり、ジャンクフードを異常に食べるようになります。こうした行動異常が続くと、過食と運動不足によってエネルギーが溜り、肥満、糖尿病、高脂血症、高血圧、がんにもつながることが私たちの三十年間のデータで分かってきました。つまり、身体的な病気のほとんどは「脳疲労」から起こるのです。
―一方の大脳新皮質が疲れるとどうなるのですか?
藤野 まず、認知異常が起こります。認知異常とは、「促進不全」と「抑制不全」です。促進不全とは、ブレーキをかけっ放しの状態で行動がしにくくなります。抑制不全とは、その逆でアクセルの加減が分からなくなって踏みっぱなしになった状態です。正常であれば、アクセルとブレーキを適切に使い分けますが、それが壊れてしまうのです。
認知異常が続くと、次第に精神的行動異常を起こします。そうなると、自分を責めて自尊感情が低くなって、非行に走ったり、いじめられる立場になりやすく、引きこもりになります。また、過激になって攻撃性が異常に強くなると他者を責めたりします。そしてこの精神的行動異常を放っておくと、うつ病、神経症、認知症などの精神異常を引き起こします。
「脳疲労」が重くなると、うつ病が圧倒的に多くなります。情報過多により処理する量が多くなるので、脳が疲労し、エネルギーをどんどん消耗して、行動できなくなってうつ状態になります。まだエネルギーが残っていると、不安神経症などの異常にこだわる神経症を引き起こします。
藤野 そうなんです。「脳疲労」が起こると認知異常が生じ、それが長く続いている状態を認知症と診断されるのです。
二原理と三原則
―「脳疲労」をチェックする必要がありますね。
藤野 表1の十一項目の中で非常に重要なのは、最初の四つです。「夜中に目が覚める、用もないのに朝早く目が覚める」ですが、この症状は身体よりも脳をたくさん使う経営者などのリーダーには必ずこれが起こっています。さらに「寝付きが悪い」場合はそれが進んだ状態です。「食事がおいしいと思わない。(習慣で食べる、無理に食べる)」という人たちは、既に「脳疲労」を起こしています。お腹がすいたという感覚をなくした瞬間に脳が疲れています。食べ過ぎる人はお腹はすいていません。闇雲に食べているだけで、お腹がすかない、満腹なのに手が出る人が多いのです。
―四番目の「便秘する」は、脳とは関係ないように思うのですが。
藤野 便秘は腸の病気だと思われるでしょうが、脳の病気です。腸は脳に支配されています。もちろん腸がおかしくなったら、脳もおかしくなるという悪循環が起こるのですが、発端は「脳疲労」です。この四つの項目は、即刻何らかの形で対処すれば、「脳疲労」は進行しません。
―その解消法も提唱されていますね。
藤野 約三十年前に「脳疲労」を解消する方法としてBOOCS法(=Brain-Oriented Oneself-Care System=脳疲労自己解消法)を提唱し、肥満や糖尿病などの生活習慣病やうつ状態に対する医学的有用性を実証してきました。BOOCS法はいたってシンプルです。「禁止・禁止の原理」と「快の原理」の二原理と、三つの原則しかありません。
第一の原則は、「たとえ健康に良いことでも嫌いであれば決してしない」です。今までのダイエット法の多くは「カロリー制限法」のバリエーションでした。過食という行動異常が肥満につながるという点では、これらの方法は決して間違っていませんが、方法自体がストレスになる危険がとても高いのです。「食べてはいけない」という禁止は、人間として最大のストレスを受けます。すると「脳疲労」がいっそう重症化して、五感異常(味覚鈍麻)が進行し、ダイエット開始前より「食べたい」という欲求レベルが増加して、さらなるドカ食いや衝動食いの行動異常を引き起こし、リバウンドしてしまいます。
―ダイエットというと禁欲が第一条件ですから、驚きます。
藤野 イソップ童話の「北風と太陽」にたとえるなら、従来のダイエット法は「禁止」「強制」の北風型で、「禁止を禁止」「快の原理」のBOOCS法は太陽型といえるでしょうね。第二の原則は「たとえ健康に悪いことでも、好きでたまらないか止められないことは、とりあえずそのまま続ける」です。愛煙家やお酒好きな人に対して禁止するのではなく、とりあえず続けさせることが重要です。
―私はタバコも酒もやりますが(苦笑)、続けていいと言われたことは今までありません。
藤野 人間は脳と他の臓器・手足などが支えあって生きています。これに適度な力、つまり適正なストレスがあれば生命維持システムが働いて、活動的になります。ところが過剰なストレスが加わると支えられなくなって、外からの「支え」が必要になります。それが、人によってはお酒、タバコが「支え」になっています。これを「身体に悪いから」といってその習慣を禁止することはむしろ大変危険なことなんです。
なぜなら、他の妥当な「支え」なしにタバコ、酒を取り上げると、タバコ、酒以上に強大な毒の作用を持つストレスが表面化して、もっと大きなマイナス効果が出ることが予想されます。つまり、タバコ、酒という中位の毒をもってストレスという大きな毒を制しているわけで、ある局面では、あたかも薬のような役割を果たしています。
―となると、タバコ、酒も適度であれば続けていいと…
藤野 良い支えを開始すれば、悪い支えが結果として抜け落ちて、禁止しないにもかかわらず、タバコ、酒を止めることができます。福岡県の地方公務員に三十年近くレクチャーしてきましたが、タバコを一日二箱吸っていた人がBOOCS法に取り組んだ結果、四カ月後には一日四、五本に減りました。良い支えとは、第三の原則「健康に良くて、しかも自分のとても好きなことを一つでもいいから始める」ことです。
疲れた脳を癒すには、まず五感を通して脳にアプローチしますが、比較的誰もが取り入れやすいのが、味覚です。どんなに忙しくても食べることは毎日欠かさない習慣だからです。例えば、自分が好きな和食を腹一杯、吐くほど食べてください。最初に腹十二分に食べることが重要です。最初、「そんなに食べられない」と文句を言った患者さんは一カ月で体重が三キロ減りました。
これまでBOOCS法をやった患者さんは、体重、中性脂肪、HDLコレステロール(善玉コレステロール)、最低・最高血圧の平均値のすべてが改善しています。また、二千七百九十五名の男性に先ほどのフィンランド・パラドックスと同じ調査を十五年間やりました。その結果、BOOCS群と肥満対照群を比較すると、総死亡率は半分近く減りました。そのうち、全がん死は半分以下に減っています。つまり、がん予防にも効果があることが解りました。
また、糖尿病患者の調査で、体脂肪率も糖尿病の重要な指数であるHbA1c(ヘモグロビンエーワンシー)もBOOCS群の方が従来の糖尿病治療をやっている群よりはるかに改善しています。この場合の従来の糖尿病治療は食事制限療法ですが、この結果から言えば、食事制限療法では改善どころか悪化しているのです。食事制限や運動療法で上手く血糖値コントロールできないと薬に頼らざるを得なくなります。
―薬漬けですね。
藤野 他の疾患もそうですが薬漬けの治療になっている背景には、「パックス・アメリカーナ」があるのではないかと思います。今のメタボリック症候群の治療では患者はよくならない、むしろやらない方がいいというフィンランド・パラドックスは、決して逆説ではなく正論であることが、私たちの調査で明らかになりました。これから多くの方々にこの情報を伝えていくことが私たちに与えられた使命であると思っています。
―BOOCS法に加えて、「脳疲労」の治療・予防に決定的な効果がある物質「プラズマローゲン」を抽出することに成功されたそうですね。(次号につづく)
藤野氏プロフィール
1938年福岡県生まれ。九州大学名誉教授、医学博士、内科医・循環器専門医、医療法人社団ブックス理事長、レオロジー機能食品研究所代表取締役、一般社団法人プラズマローゲン研究会臨床研究部代表、一般社団法人BOOCSサイエンス代表理事。九州大学医学部卒業後、同大第一内科講師、同大健康科学センター教授を経て現職。29年前に「脳疲労」概念とその具体的治療法であるBOOCS理論を提唱。肥満や糖尿病などの生活習慣病やうつ状態に対する医学的有用性を実証してきた。また近年、「脳疲労」と脳内プラズマローゲンとの関係に着目し、重症「脳疲労」と考えられる認知症に対する有用性を実証しつつある。著書は『認知症はもう不治の病ではない』(ブックマン社)、『BOOCSダイエット』(朝日文庫)、『脳の疲れをとれば、病気は治る!“脳疲労時代”の健康革命』(PHP文庫)など多数。
参考資料:『認知症はもう不治の病ではない』(ブックマン社)、『認知症も、がんも、「不治の病」ではない!最新医学でここまでわかった!』(ブックマン社)、BOOCS公式サイトなど。
(フォーNET2020年12月号)