政談談論「緊張化する米中関係の中で」(太田誠一氏)

米中関係の緊張化を他人事してとらえてはいけません

全面戦争という非常時を常に想定しておくべきなのです

 

 

「素朴なアメリカ人」

 

 

北朝鮮問題を話し合うため北京入りしたポンペオ米国務長官との会談を習近平国家主席は見送りました。王毅国務委員兼外相などはポンペオ氏との会談で対米批判を展開し、ポンペオ氏も中国とは「根本的な不一致」があると応戦し、異例の険悪なやりとりが行われ、関係悪化に拍車が掛かりました。

 習氏はこれまで、訪中した米国務長官との会談に応じてきました。昨年訪中したティラーソン前長官に、習氏は「中米関係は安定的に発展している」と語り、笑顔でしたことを思えば、今回は一転、米中関係が一気に緊張しました。これは、米国がその後、知的財産権の侵害を理由に中国製品に巨額の関税を課し、中国も報復関税で応酬する「貿易戦争」に突入したからです。トランプ政権は最近、中国軍事部門への制裁指定や台湾への戦闘機部品の売却決定などを公表。トランプ大統領は習氏について「もはや友人ではないかもしれない」などと発言し、ペンス副大統領も講演で網羅的な対中批判を展開。中国も逐一反論し、非難合戦の様相を呈しています。王氏はポンペオ氏との会談で、北朝鮮問題をめぐる米中の協力の条件として、「健全で安定的な両国関係が必要だ」と警告し、米政権の対中姿勢を「中米関係の前途に暗い影を落とし、両国民の利益と全く合致しない」と糾弾しました。米国務省によると、ポンペオ氏は会談で南シナ海問題や中国の人権状況も取り上げ、中国側と平行線を辿ったようです。

 こうした米中関係のにわかな緊張の背景には、トランプ大統領が「素朴なアメリカ人」の本音を代弁、体現しようとしているに他なりません。つまり、中国のアンフェアな貿易を正そうとし、膨張主義的な軍事圧力に対して強烈なけん制を浴びせているのは、こうした素朴なアメリカ人の本音なのです。これまでのアメリカ政権は膨張する中国に対して及び腰でした。中国はそれをいいことに、台湾や南シナ海、日本近海に軍を出没させています。これは一種の「瀬踏み」で相手の反応を見ながらやっていることに過ぎませんが、気がつけばかなり侵食していたということにもなりかねません。そうした中国の危険な行動を見かねた素朴なアメリカがようやく腰を上げたと見ていいでしょう。ただし、現実的に軍事衝突が起きるかどうかは、不透明です。局地的な衝突は可能性があるかもしれませんが、全面戦争には互いに抑止が働くでしょうから、可能性はかなり低いでしょう。しかし、突発的なことが起きれば全面戦争の可能性はゼロとは言い切れません。

 「素朴なアメリカ人」とは、カウボーイ、西部開拓に象徴される、正義を守ろうと考える人々です。自分たちに正義があって、それに抵抗もしくはそのルールを破る者は、悪と決め付けて叩き潰そうとします。ある意味単純で、善か悪かの二元論的な考えで、インディアン、先の大戦における日本を悪と決め付けたのは、良いか悪いかは別として、素朴なアメリカ人の思考です。

 それはさておき、そうしたアメリカの積極姿勢に対して日本は「これで安心だ」と胸をなで下ろしている場合ではありません。

 対中国戦略は、他人事ではありません。アメリカが動いたらならば日本も対応しなければなりません。日米同盟対中国という形になるべきです。その中で日本は何をやるべきかを考え、行動しなければなりません。もし、日本が他人事のように傍観していれば、アメリカは日本に対して不信感を募らせて、最悪の場合、アメリカが日本を含むアジアから撤退することもあり得ます。そうなったら、日本だけで中国の侵略から守れるか。残念ながら、それは現実的に不可能です。

 

「想定外」に備えるべき

 

 

 問題は日本の姿勢です。米中が全面戦争になることは可能性は極めて低いのですが、しかしゼロではありません。国防とはその少しでも可能性があるリスクに備えるべきなのですが、防衛省にはそういう意識がないようです。防衛省は、中国を仮想敵国とすら見做さず、その結果最悪のシナリオに対するシミュレーションがありません。最近、やっと尻を叩かれているから仕方なく腰を上げているのが現状です。米中全面戦争はありえないと高を括っている姿は、大地震や大水害が起きた時に「想定外だった」と申し開きをすることと同じです。想定外の事態に対応することこそが、非常時に備えるべきではありませんか。中国からの侵攻という想定外に備えることを怠ってはいけません。万一同盟国のアメリカが中国と全面戦争になった非常時に常に備えをばんぜんにしておくべきなのです。

 日本にとって、米中関係が悪化している今こそ、非常時を想定してシミュレートするいい機会なのです。メディアは内心、中国に対する警戒感を持っているはずです。しかし、なかなか報道しない。もっと、そうした問題を提起すべきです。「中国と対峙すると危ない」と思っているから、書かないのでしょう。思っていても中国批判を書くことをタブーにしていてはいけません。それが、国民を思考停止にミスリードするのですから。

 ただし、米中関係のこれまでの歴史をよく振り返る必要があります。大戦中、アメリカは日本と対立していた当時の中国国民党に対して支援していました。いわゆる援蒋ルートでアメリカは英露と協力して蒋介石率いる中華民国を援助した歴史があります。また、戦後、しばらく対立していた両国が電撃的な国交正常化は当時の大統領の名を使ってニクソン・ショックと言われ、日本の頭越しに進められました。日本にとっては梯子を外された恰好になったのです。こうした歴史を見れば、日本は主体性をもって臨まないと、アメリカと中国がいきなり手を結ぶこともあり得るでしょう。

 なぜ、アメリカは時として中国と友好的になるのか。このアメリカの中国に対する感情は少し複雑なところもあります。開拓時代後半に中国人の労働者がアメリカで低賃金で働いて鉄道などのインフラが整備されました。当時のアメリカ人には弱少国の中国に対する同情心もあったようです。それもあって、中国人の子供を里親として養子にした家庭も多く、中国に対する憐みに近い同情心が根底にあると思います。そうした素朴なアメリカ人の感情に中国が巧みに浸け込めば、アメリカの世論が一変する恐れもあります。実際、中国は国を挙げて盛んにアメリカでのロビー活動をやっていますから、油断はできません。大国意識という間違った認識の習体制のロビー活動の拙さが幸いして、今のところ米中関係が緊張していますが、ロビー活動を軌道修正すれば、素朴なアメリカ人の潜在意識をくすぐり、関係改善に向う可能性は残っています。日本は相変らずロビー活動には消極的です。アメリカでの従軍慰安婦像問題を見れば明らかです。日本も国家的なロビー活動を積極的にやるべきでしょう。

 アメリカが中国を抑えてくれるという日本人の当事者意識の欠如をまず正すべきではありませんか。今の米中関係は、そうした現実が日本に突き付けられているということを、いい加減に日本は覚醒すべきなのです。