IR法成立に潜む危険 作家・精神科医(通谷メンタルクリニック院長)帚木蓬生氏

IR法が成立しました。この法律に潜む危険をインタビューしました。

 

 

そこが聞きたい!インタビュー

作家・精神科医(通谷メンタルクリニック院長)帚木蓬生(ははきぎ・ほうせい)氏

 

 

 

 

 

「日本人の百人に五人」。この数字は何の数字かお分かりだろうか。何と「ギャンブル依存症」患者の有病率なのだ。日本列島には五百三十六万人と、福岡県の人口を上回るギャンブル狂がいるー

 

 

 

二大症状は「借金」と「嘘」

 

 

精神科医としてギャンブル依存症に関する本を書かれていますが、ギャンブル依存症という精神の病気を初めて知りました。

帚木 ギャンブル依存症は、言い方は悪いかもしれませんが、正式には病的賭博と言われる立派な病気です。一九八〇年にアメリカの診断基準であるDSM精神障害分類判断基準)に入って、九二年にはWHOの国際疾病分類にも記載されました。アメリカでは三十年以上前に、イギリスではその以前から病気として認定されています。フロイトもこの病気に百年前に注目していました。

―日本にはどれくらいの潜在的な「患者」がいるのでしょうか。

帚木 ギャンブルをやめたいのにやめられない人を患者と定義するならば、五百三十六万人いますね。これは福岡県の人口五百五万人を超え、九州最大都市の福岡市の人口百四十六万人の実に三・八倍にも上ります。人口六百万人のノルウェー一国に迫ろうという数字です。有病率は男性が八・七%、女性が一・八%で平均四・八%です。あのギャンブル好きの韓国ですら〇・八%、アメリカは一・六%ですから断トツに高く、日本の異常な状態が分かると思います。

―パチンコ・スロットが元凶であると主張されています。私も三十年以上前の学生時代、パチンコにはまった時期がありましたが…

帚木 それまでのパチンコは時間消費型でした。それが変わったのが八〇年頃から普及した「フィーバー機」ですね。自動的に止まるドラムの絵柄が777になると大当たりする台が一気に広がりました。これはあまりにも射幸心を煽るということで規制が入りました。九〇年代に入ってプリペイドカードに対応したCR機は連チャンを警察庁に規制されていたのですが、普及しないために確率変動(確変)を許可して一気に広がりました。結果的にギャンブル性が高くなってしまいました。

―依存症の症状はどのようなものですか。

帚木 二大症状は借金と嘘です。ギャンブルに行く時間と軍資金、お金を作らないとといけませんから、嘘に嘘を重ねてしまう。借金については色んな患者さんを診てきましたが、平均の借金額は一千万円を超えています。最高は一億六千万円の患者もいました。患者のほとんどが借金で家族、親類、友人を巻き込んでしまっています。借金の尻拭いで家族まで巻き込まれるのは、これは日本独特の社会風土で、本人に立ち直ってほしいという思いが強いのでしょうね。本人が「もう二度と絶対、ギャンブルはしません」と誓約書を書いても、これが守れることは万に一つもありません。それだけこの病は深刻なのです。

また、九〇年くらいから借金し易くなったのも、依存症を増やした背景にあります。パチンコ店内にATMまで設置する銀行まで出てきましたからね。家族には残業だとか出張だとか上司から呼び出されたなどギャンブルに行くために嘘が次から次へと繰り出されます。お金についても、財布を無くした、送別会があったなど嘘を重ねていきます。こうして重篤な状態になっても本人はケロッとしていて、家族など周囲が大変な状態になっています。家族がうつ病になったり、不眠症狭心症パニック障害などになったケースが多いですね。

 開業して十年目になりますが、相談に来たのが、本人が五百二十四人、家族が百八十人で計七百人ですから、一年平均で七十、月平均で約六人になります。最近の傾向としては、患者が若年化しています。十年前の平均年齢が三十九歳くらいだったのが最近は二十代から三十代の前半が多くなりました。それは、早く気付くことが多くなったのではないかと思います。これは、依存症の認知が進んだからでしょうね。早めに病院に来ればそれだけ借金が抑えられ悲惨な事態にはなりませんから、いいことです。

 

 

「一生治らない」病

 

 

 

―これは脳に障害が発生するのですか。

帚木 長年の習慣によって脳が変化します。脳の生化学的研究によると、ドーパミンノルアドレナリンの量が増加し、セロトニン系の機能が低下していることが明らかになっています。脳の変化で「勝ち負けに鈍感になる」、例えば十万円すってもなんてことはないし、三万円勝っても感動しなくなります。つまり、人間の脳の仕組みからしても、誰でも陥る可能性がある病気なのです。だから、妻や親から必死に諭されても「本人の意思で止める」ことは不可能なんです。

―早期発見で早く治せば…

帚木 いや、この病気は完治しません。すべての依存症がそうですが、治ったと思っても、再び始めてしまえば元の木阿弥です。ギャンブル依存も、自然治癒しない進行性の病気なのです。ある人は一年半くらいパチンコから離れていましたが、「新台入れ替え」のチラシを見て腰が浮いたそうです。最近のパチンコ業界はDMを送ったりしますから、みな誘惑にさらされている。私たち医師にとっては、業界は治療の敵ですよ。実際、庶民の娯楽、ゲームといったレベルをはるかにこえたギャンブルになっていると思いますね。昔から、為政者は賭博を厳しく取り締まってきました。日本でも天平時代の双六禁断の法から明治政府の賭博犯処分規則などがあります。それだけ、賭博が社会の土台を腐らせてしまうものだと分かっていたのでしょう。アルコール依存症の患者の平均寿命は五十二歳ですが、ギャンブル依存症は健康を害することがないので、治療しないと借金を重ねて周囲を不幸のどん底に落としますから、より深刻です。

―治療法は?

帚木 GA(ギャンブラーズ・アノニマス)といって、アルコール依存症治療にならってつくられた自助グループにも参加してもらいます。アノニマスとは匿名の意味で、参加メンバーは全員依存症の人で本名を明かさずに参加できます。たまに私たち医療関係者も同席することがありますが、助言などはせずただ見守るだけです。最低週一回、できれば二回参加して、小グループで具体的なテーマに沿って自分の内面を語るのです。「家族に迷惑をかけたこと」とか「自分の意志が働かなかった時のこと」など、心の奥底を吐露していく。いわば、常に自分の病気に直面するわけです。GAの出発点にあるのは、「自分はギャンブルに対して無力である」ということ。

自分では止められない病気にかかっているのだという認識を根本に据えるのです。この場では、決して人を責めず、ただ各々が互いの体験を聞くだけですが、キレイごとではない、深い本音が出ます。それまで被告人のように吊るし上げられて説教される場ではないことが分かってくると、次第に胸襟を開いて自分のことを語ることができます。参加した人たちは、ここで思いやり、寛容、正直さ、謙虚さを学び直し、社会に復帰しています。しかし、行かなくなったらまた再発します。この病気は一生治らないからです。十年間止めていても、GAに行くのを止めたら再発します。麻薬患者と一緒です。このワクチン効果は一週間しかもちません。

 私のところに通い始めて十一年になる人がいますが、そういう人たちが自主的にGAを開設していて、現在、福岡県内に十六ヵ所あります。最近できたGAは苅田町ですが、それまでこの地域の患者は小倉に通っていましたから、近くにできると便利で確実に参加できます。現在、全国に百五十カ所ありますから、その十分の一が福岡県に集中していています。これは患者の努力ですね。GAがない県は岩手、岐阜、鳥取の三県になりました。また、数年前まではこの治療を医療行為として認めていない県もありましたが、今では全国で認められています。

―先生達精神科医が蒔いた種が芽を出してきたのですね。

帚木 中には、GAが多い所はギャンブルするところが多いと揶揄する他県の精神科医がいますが、とんでもありません。その地域の精神科医たちが依存症を見て見ぬ振りをしているだけの話です。

 

 

「ギャンブル王国」ニッポンーこのままでは滅亡する

 

 

 

 

―この病気を治す、根本療法はギャンブルをこの社会から無くすしかないですね。

帚木 そう思いますが、無くなりませんね。警察の天下りなどの利権ですから。

―勝つと、パチンコホールのカウンター景品をもらって、外にある景品買取所で現金に換えますが、これは厳密に言えばギャンブルとし言いようがありません。

帚木 パチンコ・スロット業界を取り締まっている法律は、風営法です。この法律では客に現金を提供すること、提供した景品を買い取ることを禁じていて、この二つのうちどちらかを行えば、ギャンブルになり違法行為になります。この法律を骨抜きにしているのが、景品買取所です。店が景品を出してそれを店外の買取所が換金して、景品は再び店に買い取られるのですから迂回しているだけです。それを、直接客から買い取るわけではないので違法ではないという、まさに詭弁がまかり通っているのが実情です。たちが悪いのは、あくまでも遊戯、ゲームですから、広告宣伝の規制がありませんから、どんどん広告やチラシを打つことができます。以前はマスコミは自主規制して、パチンコの広告は出していなかったのですが、長引く不況でマスコミがなし崩しにしてしまい、今やパチンコ業界に支えられている体たらくぶりです。日本の依存症患者が異常に多い元凶は、パチンコ業界です。耽溺しているギャンブルの八二%がパチンコ・スロットだけの耽溺者ですからね。競馬、競艇、麻雀など他のギャンブルは合わせて四%しかありませんから、パチンコ・スロットが絡む耽溺者の比率は九六%にもなります。女性、お年寄りの耽溺者にいたってはパチンコ・スロットは百%に近い。

―すでに「ギャンブル王国」になっている日本で、カジノ構想が持ち上がっています。

帚木 全く正気の沙汰とは思えませんね。世界の潮流は脱カジノです。本場・ラスベガスは今、脱カジノ都市を目指しています。自動車産業が斜陽化しカジノを誘致したアトランティックシティでは、貧困率、青少年の犯罪率などが高く、薬物依存者が増えるなど社会が廃れています。カジノを持ってきても活性化するどころか、衰退します。ただでさえパチンコでギャンブル依存症患者が異常に増えているのに、カジノを作ろうというのは、まさに火に油を注ぐようなものです。

―パチンコに規制をかけるのが、まず必要ですね。

帚木 規制するどころか、パチンコ店出店に反対すると、逆に「法律で守られている」と公安委員会から横槍が入るくらいです。

―確か、風営法で学校など教育施設に近いところでは出店できないなどの規制があったのでは?

帚木 自治体によっては条例によってまちまちです。厳しいところもありますがそれは稀で、ほとんどの自治体の規制は緩いですね。

―著書で「パチンコは日本を滅ぼす」と警告されています。

帚木 パチンコ業界はあちこちにお金をばら撒いていますから、反対する国会議員はあまりいませんね。パチンコ業界の売り上げはピークの三十兆円には及びませんが、今でも二十兆円産業です。これはトヨタの年商に匹敵する大きさです。

 

 

今や国民病―防ぐ手立ては?

 

 

 

 

―しかし、ギャンブル依存症の患者を生み出し、ギャンブルなのにギャンブルと認めさせず、非生産的なこの業界を産業と言えるでしょうか。

帚木 人々のポケットから金と時間を取り上げ、そして最後には家族の人生まで取り上げてしまいますからね。政府にギャンブルを一括して統治する機構がないことも問題です。つまり、競馬は農水、競輪は経済産業、競艇は国交とそれぞれ省益を手放しません。最近では教育を監督する文部科学省までスポーツくじを始めたでしょ。開いた口がふさがりません。こうした公営ギャンブルが始まったのは戦後で、復興の財源を確保するために始められたものなのですが、その目的から外れてしまって今では既得権益化してしまっています。公営ギャンブルは赤字なのにそれでも止められない。

 特にパチンコ・スロットはあくまでも娯楽として居座っています。娯楽なら娯楽らしくあるべきですが、ギャンブル性をどんどん高めていますから、罪深い。平日昼間のパチンコ店を覗いてみてください。駐車場は満杯で、多くの客が入り浸っています。こんな異常な光景を見られるのは、日本だけです。パチンコ店の店舗数一万二千軒で、これはコンビニ業界二位のローソンの店舗数を上回っています。全国至る所にパチンコ店があるのは、異常です。世界のギャンブル機の台数は七百二十万台で、日本のパチンコ・スロット機の台数は実に四百六十万台です。恐ろしい数字です。もちろん、他国にもギャンブルはありますし、社会問題になっていますが、日本の特異性は普通の人々が気軽にギャンブルをやる環境が出来上がり、それをさらに煽っているわけです。

―パチンコをやっている人は、娯楽感覚でやっているのではないと。

帚木 はまってしまっている人が圧倒的に多いでしょうね。つまり、依存症という病人からお金を吸い上げているのが、パチンコ業界なのです。こうしたギャンブル天国とも言える日本でギャンブルによる犯罪が水面下で増えています。アメリカの受刑者の四分の一がギャンブル絡みです。恐らく、日本の犯罪もギャンブルに起因するものがかなりあるのではないでしょうか。横領、窃盗、殺人…しかし、警察はそれらを「遊興費」の一言で済ませていますし、マスコミも突っ込みません。パチンコ・スロットで依存症に罹り、それが高じて賭け率が高いギャンブルに走り犯罪に手を染める。このままでは、日本という国が滅んでしまいます。

―政治でそれに歯止めをかけようという動きは?

帚木 ないですね。恐らく、かなりのお金が各方面にばら撒かれているのではないでしょうか。私のところにも業界から声を掛けられたことがありますよ。即座にお断りしましたが、うるさい私を懐柔しようとしたのでしょうね。中には、業界から助成金をもらって、依存症の電話相談をやっているところもあるようですが、電話で「止めたほうがいいですよ」と言って治るはずがありません。ちゃんと対策を講じています、という業界のアリバイ、おためごかしですよ。

―どう見ても、日本全体でこの問題に取り組むべきだと思うのですが…

帚木

 ギャンブルはあくまでも個人責任だと言いますが、アルコールもそうですが、国は何も規制していませんから、その責任はかなりあります。予防策をまったく講じず、逆に業界の宣伝を規制せず野放しにしているのは、国に責任がありますよ。

―政府が何も手を打たずに放置してきたために、国民病になってしまった感が強いですね。

帚木 確かに国民病と言える状態になってしまっています。それなのに、カジノを作ろうとしているのですから、狂気の沙汰です。業界は知らんぷり、監督官庁警察庁は見て見ぬふり、政府は一向に規制しようとしませんから、深刻です。予防しかないのが現実的でしょうね。「この病気になったら一生治りません。罹ったら治療しないと、家族、家庭を崩壊させ、友人を無くし、職もなくなり最後はホームレスになる可能性が十分にある」ことを広く認知させることしか、この国を滅亡から救う方法はないのかもしれません。

 

帚木 蓬生(ははきぎ ほうせい)氏プロフィール

昭和22年、福岡県小郡市生まれ。小説家精神科医

東京大学文学部仏文科卒、九州大学医学部卒。ペンネームは、『源氏物語』五十四帖の巻名「帚木(ははきぎ)」と「蓬生よもぎう)」から。本名、森山 成彬(もりやま なりあきら)。東大卒業後TBSに勤務。2年後に退職し、九州大学医学部を経て精神科医に。その傍らで執筆活動に励む。1979年、『白い夏の墓標』で注目を集める。1992年、『三たびの海峡』で第14回吉川英治文学新人賞受賞。八幡厚生病院診療部長を務める。2005年、福岡県中間市にて精神科心療内科を開業。開業医として活動しながら、執筆活動を続けている。医学に関わる作品が多く、また自身(精神科医)の立場から『やめられないーギャンブル地獄からの生還  』を上梓している

(フォーNET2015年5月号)